| 2019年8月2日 | 心と潜在意識 |

自らの心の中に「無意識の劣等感」を抱いているとき、私たちは他人のことを心の底から賞賛することができなくなります。
これは一見、「自分に劣等感があるからこそ、優れた人を眩しく見上げて褒めるのだろう」という世間の常識的な概念とは真逆のように思えます。しかし、人間心理の深層においては、この「逆説」こそが動かしようのない真実なのです。
例えば世の中では、「自分に自信がないから、腰を低くして謙虚になるのだ」と考えられがちですが、これもまた、人間心理の深層においては完全に「逆」です。
人間は、自分に本当の自信がなければ、絶対に謙虚になることなどできないのです。
優れた経営者が、まだ経験の浅い若手社員の話に対して、心を開いて真っ直ぐに耳を傾けられるのはなぜでしょうか。それは、その経営者の内側に、誰に脅かされることもない「静かな自信」が確立されているからです。
逆に、ある中間管理職の課長が、若手社員の意見を鼻から否定して謙虚に聴くことができないのは、自分自身に本物の自信がないからです。若手の言葉に耳を傾けた瞬間、自らの内にある劣等感が激しく刺激され、自分の立場が脅かされるような恐怖を感じてしまうのです。
日本には古くから「実るほど、頭を垂れる稲穂かな」という美しい格言があります。
この言葉の真意は、単に「偉くなったら傲慢になるな」という処世術ではありません。「人間は、その内側に本当の自信と豊かさが実ったとき、何の後ろ盾も必要としなくなり、自然に頭が下がる(謙虚になる)ものだ」という、人間の成熟の段階を説いたものなのです。
もし、今あなたの内側に「やる気」が湧いてこないのだとしたら、それは決してあなたが怠惰だからではなく、ただ人生を投げやりに生きざるを得ないほどの背景があるからです。これまでに「強烈な成功体験が得られなかった」「何をやってもうまくいかなかった」という、痛みを伴うマイナスの経験があなたの心を縛っているのでしょう。
その根本を探っていくと、多くの「失敗体験」の本質は、自分自身の等身大以上の「欲」を出しすぎてしまったところから発生しています。
現在の自分を無視して、いきなり理想像の自分になろうとジャンプすればするほど、心は理想と現実のギャップに耐えきれず、さらなる失敗体験の負のループを生み出しやすくなってしまいます。
だからこそ、今必要なのは、焦って結果を求めることではなく、「もっと丁寧に、目の前の1日を生きる」ということなのです。
では、本当の自信を取り戻すためには、一体何から始めればよいのでしょうか。
まずは、自分自身の「物事の捉え方」「思考の癖」「無意識に避けている苦手な感情」の正体を、深く客観的に知る必要があります。あなたが日々の生活の中で「抑圧されている」と感じる部分があるならば、それこそが、あなた自身の手でクリアしなければならない「人生の神聖な課題」なのです。
もう、誰かからの見返りを期待するのはやめましょう。損得の計算もすべて捨てて、ただあなたの内側にある温かいエネルギーを、世界に惜しみなく与えていくのです。
あなたのすべての行動は、あなた個人のエゴを満たすためではなく、大いなる神聖な目的のためにあります。それこそが、現世における「真実の愛」の姿です。
その愛を周囲に向けて体現し、あなた自身が人々を暗闇から救い出す「光の源」となって生きていくこと。その時、周りの人間がどんな在り方であろうとも、何をしていようとも、あなたが彼らを裁く必要は一切ありません。
あなたが誰に対しても「無条件の愛」を差し出したとき、その愛の光に最も深く包まれ、それを体験するのは、他ならぬあなた自身なのですから。














