| 2026年6月12日 | 心と潜在意識 |

↑原宿のアダルトなお店ですが、タイトルが良くて(笑)
生きている、すばらしさ
生きているとは、なんなのか。
その正体は、私にもまだ分かりません。
ただ一つ、確信を持って言えることがあります。
もし、あなたが「本来の自分」として濃密に人生を味わいたいなら、なるべく早めにやっておいた方が良いことがある。
それは、心の傷を癒すことです。
心に傷を抱えたままでは、ある特定のシチュエーションに立たされたとき、私たちは自分の本領をまったく発揮できなくなってしまいます。
私には、幼い頃の忘れられない記憶があります。
3歳のとき、母と訪れたディズニーランドでのこと。シンデレラ城のアトラクションの最奥で、私は突然、大役を任されました。「魔王を剣で突き刺して倒す役」として、大勢の人の前で選ばれてしまったのです。
幼い私にとって、それは世界の危機に直面するほどの、逃げ場のない恐怖でした。
張り詰めた空気の中、パニックになって激しく泣きじゃくる私。周囲の大人や子どもたちの視線が一斉に突き刺さり、微笑ましそうな、けれど当事者にとっては残酷な笑い声が響く。
あまりにも敏感で無力だった3歳児には、到底受け止めきれない抱擁なきスポットライトでした。
さらに5歳のとき、保育園の卒園式。
一人ずつ舞台に上がり、将来の夢を発表する場面がありました。
そこで私は、「佐藤きょうこちゃんと結婚します」と宣言したのです。おそらく、事前に大人の誰かに吹き込まれた言葉だったのでしょう。会場の親御さんたちからドッと湧き起こった笑い声。
悪意のない、けれど逃げ場のない視線の渦。
注目されることは、私にとって「笑われ、晒し者にされる恐怖」と同義になりました。
こうしたショックな体験は、記憶だけでなく、私たちの「身体」の奥深くにまで消えない染みのように刻み込まれます。
大人になった今でも、人から注目を浴びる瞬間に、身体が当時の恐怖を自動的に思い出してしまうのです。激しい緊張、呼吸の浅さ、身体の震え。
私たちは傷を守るために、無意識のうちに目立たないよう振る舞い、チャンスが目の前にあっても自ら逃げてしまうようになります。
けれど、ここで立ち止まって、その傷をそっと抱きしめてみてください。
その痛みに丁寧に向き合い、癒やしをもたらしたとき、かつてのトラウマは全く別の姿を見せ始めます。
傷の裏側には、実はあなただけの「突出した才能」が眠っているのです。
「人を笑わせることができる」:笑われる恐怖を知っているからこそ、愛のある笑いや、人を緩ませる笑いの質が分かる。
「注目してもらえる」:本来、スポットライトを浴びるだけの強烈な存在感やエネルギーを持っている(だから選ばれてしまう)。
「物語に没入できる」:世界観に深く入り込める、圧倒的な感受性とピュアさがある。
「境界線を超えていける」:恐怖の枠を飛び越えて、新しい自分へと脱皮していく力。
これらはすべて、あの傷があったからこそ目覚めた、私の確かな才能でした。
生活に支障をきたすほどの心の傷は、どうか人生の早い段階で解放してあげてください。
痛みの荷物を下ろしたとき、あなたの世界は驚くほど生きやすく、そして鮮やかに輝き始めます。














