| 2019年5月23日 | 心と潜在意識 |

当院に通われていた、癌を患うあるクライアントが、抗がん治療の末に亡くなられました。
「もっと、ほかに伝えられることがあったのではないか?」
「これで本当に良かったのだろうか?」
身近な人の死は、私たちの心に小さくない波紋を投げかけます。色々なことを考え、葛藤もしましたが、今の私は「私なりに精一杯やれた」と、真っ直ぐに思っています。
人の死は、遺された私たちに多くの気づきを与えてくれます。その方は、その智慧を遺すために自らの人生を全うされたのだと感じるのです。そこで得た気づきは一生大切にしたい。けれど同時に、その命の結果に対するすべての責任を、自分が請け負う必要もないのです。
私たちはよく、「相手の期待を決して裏切らないように生きよう」という、見えない呪縛に縛られます。
理性的に考えるならば、まず自分の気持ちを大切にし、その上で相手の期待にも応えられたら、それはとても幸せなことです。けれど、もし自分の気持ちを優先した結果、相手の期待を裏切ることになってしまうなら――それは残念なことではありますが、仕方のないこと。最優先で避けるべき事態ではありません。「仕方ない」と諦めて、手放していいのです。
しかし、頭(理性)ではそう分かっていても、私たちの「無意識」に刻まれた古い決断のほうが強い影響力を持っています。そのため、どうしても「残念だけど、仕方ない」と割り切ることができず、相手の期待に応えようと自分をすり減らし、無理を重ねてしまいがちです。
だからこそ、思考ではなく「無意識」に対して、直接働きかけることが有効になります。
「あなたはそのままで素晴らしいのだよ」
「感じるままに、感じていいのだよ」
そうやって、自分自身に「許可」を与える言葉がけをしていくことが、何よりも大切なのです。
あなたは今、自分の人生に対して、あるいは日々の選択に対して、どのくらいの確信を持って「これでいい」と思えていますか?
また、人生において、自分本来の力をどれほど発揮できているでしょうか。
自分で自分にOKを出せない人は、他人の言葉や評価に振り回され、人と自分を比べては焦り、妬み、落ち込む悪循環に陥ります。「自分らしさ」という軸が確立されていないため、周囲の人間関係や環境のノイズに影響を受けすぎてしまうのです。
さらに、自分にOKを出せないと、何かを選んだり決断したりした後も、「これでよかったのだろうか」という迷いの霧が晴れません。目の前のことに意識を集中できないため、本来の力が発揮できず、どんなに素晴らしい願望や目標を持っていても、行動が中途半端になって空回りしてしまいます。
だからこそ、私は決めました。これが、「僕がすること」です。
僕がすること
僕が僕の欲求を大切にすることによって
僕を嫌う人がいるとしたら
僕を嫌いになってくれたほうがいい
僕が僕の気持ちを大切にすることによって
僕から離れていく人がいるとしたら
離れていってくれたほうがいい
その人たちが僕を嫌って離れていってくれたなら
僕はますます、自分のことを大切にしやすくなる
逆に、その人たちと無理に仲良くし続けようとしたら
僕は自分の欲求や気持ちを、永遠に抑え続けなければならない
だから、僕が僕を大切にすることによって
僕を嫌って離れていく人がいるとしたら
大いにそうしてくれたほうがいい
誰が僕を嫌いになろうとも
誰が僕から離れていこうとも
僕がすることは、ただ一つ
僕自身を徹底的に大切にすること
僕自身の、最大の味方になること
僕自身をゆるし、愛し抜くこと
自分が自分を生きようとするとき、相手が不機嫌になったり、目の前から離れていったりすることがあります。そのとき、私たちの心には強い不安や、悲しさ、寂しさが押し寄せてくるでしょう。
しかし、その湧き上がるネガティブな感情から逃げず、ごまかさず、自分の感情としてしっかりと「味わい尽くす」こと。これこそが、揺るがない自分(自我)を確立するための、きわめて重要なプロセスになります。
不安や悲しさ、寂しさは、あなたを壊すものではありません。それらを大切に味わうことで、あなたは自分の最も深い根源(ソウル)とつながることができるのです。
この体験を裏切らずに繰り返していくことで、人は自分という大地に深く、強く、根を張ることができるようになります。それこそが、他人の評価に揺さぶられない、本当の自律的で主体的生き方へとつながっていくのです。














