エゴをうまく扱えば良くない?

2026年5月2日 心と潜在意識

↑普段は起きるような時間ですが、友人と六本木で朝まで飲んでカラオケしてました。たまにはいいよね。

 

エゴをうまく扱えば良くない?

誰しもエゴ(自我や欲求)があってそのエゴに飲まれてしまう時が人生にはあります。

自分のエゴってなんだろうと考えると

“いつでも堂々としていたい”

という強い欲求がみつかりました。

言い換えれば、”どんなことにも動じない”ともいえるし”感情をあらわにしてはいけない”とかなかなかに無理難題なエゴがありました。

そもそもこのエゴがなぜ造られたかというと

“気を抜いた時”に嫌なことが繰り返される人生でした。

例えば8歳の時には親戚の家ではしゃいで調子に乗ってたら、父親に首を絞められて呼吸できなくなったり。

同じ年だったと思いますが、車の助手席に僕が乗っていて扉を強く閉めたら母の指を挟んで大怪我させてしまった。

近所の子達と駐車場で遊んでる時に祖母に呼ばれてその先の道路を飛び出したらタクシーに轢かれて入院したり。(完全な死角、タクシーも飛ばし過ぎw)

学校でぼっーとしてたら友達にビニール袋被せられてまたまた呼吸できなくなったり。

とにかく気を抜いてる時にとても驚愕するような出来事を体験(大人になっても色々と続く)してしまい、その自分になるのがとてつもなく怖いので常に警戒するような防衛機能とは裏腹に、何事にも動じたくないエゴが”誕生”してしまったのだと思います。

なのでどうやったら何事にも動じなくなるのか?ということを追求していった人生だと思いますし、それが無理なことだとも気づきましたが、無駄だとは思いません。(同じ人生はもう体験したくありませんが)

むしろそのエゴがあったからこそ、敏感なセンサーが研ぎ澄まされて、今の仕事に活かされているのだと思います。

お金が欲しいのも、社会的に認められたいのも、結婚や家族が欲しいのも、人それぞれのエゴが根底にはあって、それを叶えるための”推進力”になります。

そしてそのエゴをうまく扱うために、自分にはどんなエゴがあるのかを見つけてあげてみてください。