好きになられることが怖い

誰かに好かれることが、かつては死ぬほど苦手でした。

今にして思えば、私は生まれ持った資質として、他者の感情を惹きつけやすかったのかもしれません。

けれど当時の私にとって、人から意識されることは、冷や汗が止まらなくなり、身体がブルブルと震え出すほどの「拒絶反応」の対象でしかありませんでした。その場に留まることすら、耐えがたかったのです。

好かれることは、嬉しい以上に、怖かった。

誰かに好意を持たれることは、同時に「他の誰かから敵視されること」だと、激しく思い込んでいました。

人の好みや価値観など、千差万別で当たり前です。

それなのに、ひとりの女性に好かれると、その周囲にいる他の女性たちの冷徹な視線や言葉が、私の全存在を品評し始めます。

「あいつのどこがいいの?」

「他の人のほうが格好いい」

「きもい」

向けられる好意そのものよりも、その裏で巻き起こる他者からの評価や、刺すような視線のほうに、私の心は完全に支配されていました。

これ以上、嫌われたくない。だから、最初から好きになってもらわないような行動をあえて取る。

「認められたい」と願いながらも、いざ認められると恐怖で緊張してしまう。

そんな矛盾を引き裂かれるような思いで抱えながら、素直に喜べない自分をどうにかしたいと、もがき続ける毎日でした。

トラウマやインナーチャイルドと呼ばれる心の傷は、相手を否定したり、自分の本心を誤魔化したりしても、何ひとつ変わりません。

他者から意識されるということは、その本質において「愛してほしい」というエネルギーの現れです。

なぜ私はそれを拒絶したのか。内省を深めた先で気づいたのは、私に足りなかったのは自己受容などではなく、ただ「深く許されること」を、魂の底から望んでいたという事実でした。

日々、自分自身の醜さも弱さも知り尽くしていくことは、人生において最も重要な営みです。

どうにもならない悩みにぶつかったときは、一人で抱え込まず、誰かに一緒に考えてもらえばいい。人や、時には物にしがみつき、依存したって構わないのです。

まずは、あなたの心が無条件で安らげる、絶対的な居場所を見つけることから始めてください。