心から身体へ

2019年4月1日 心の問題

この世に起こる、全ての出来事(症状)には意味があります。

その出来事から何を学べるかが幸せであり、大切な生き方だと思います。

 

症状も1つの出来事だと捉えると

その出来事には

「どんな大切なメッセージが含まれているのかな?」気づくことで、症状は次第に必要ではなくなっていき、本当の意味での治る幸せに繋がっていくと感じています。

 

このブログを通して、私からのメッセージが皆様の日々の活力になっていただけたら嬉しいと思い、私が学んだこと、日々気づいたことを勝手ながらシェアしていこうと思った次第です。

 

これがいつかたくさんの人に広がることを願って、本日から発信していこうと思います。

 

人生に変化を起こす主体的な生き方

 

主体的に生きるとは?

 

◯自分の人生に対して自分で責任を引き受けて生きること。(責任=反応を選択する能力)

 

◯自分の望む状態を実現するべく率先して、能動的に行動していくこと。

 

環境や他人のせいにしたりすることを

被害者の人生

自分が悪いのだと思うことを

自己否定の人生

と言います。

 

この人生で生きてしまいますと、無力感を生みます。

悪者を探しても現状は変わりません。

多くの方はそうなりがちです。

 

◯◯さんのせいで楽しめないとか、上司のせいでやる気が起きないとか、他人のせいにしたり、景気が悪いとか、環境が悪いとか責任転嫁することではなく、いま、自分に出来ることは何かに焦点をあてる。

 

自分が主役になる生き方にすると有能感や自己効力感を生みます。

 

相手が悪いわけではなく、自分が悪いわけでもなく。

自分にとってBESTな選択をしていくこと。

 

 

 

 

そのためにはまずは死を意識すること

普段、私たちは人の役にたつこと、生産性のあるもの、効率の良い方法、実用性のあるのものなどを意識して過ごしている方が多いと思います。

 

 

一ヶ月後、自分が死ぬと宣告されたらどうですか?

 

お金を稼ぐこと、今ないものを求めたりすることなどに囚われないで考えることができると思います。

おそらくは短な存在、例えば自分の子供やパートナー、親ともっと過ごしたかったなぁとか考える方は多いと思います。

 

死を忘れ、あるいは死をなかったことにして、いろいろな楽しみにふけって享楽的に過ごす生き方は、

「非本来的」

であります。

 

人間はいつか必ず死にますし、そのときは当然一人で死を迎えるしかありません。

一人で死ぬのは誰でも不安です。

「この世は嫌なことばかりだ」

と公言している人でも、死ぬとなると、やはり不安です。

 

すると、その不安な死を見つめることで本来的な生き方ができるようになり、

「いまこうして、ただおしゃべりしていていいのだろうか?」

などと思うようになるのです。

そうなると、その人の次の選択が変わってきます。

 

選択というのは、たとえば誰とつき合うか、きょうは何をするか、何を食べるか、どんな本を読むか、などということ。

自分が死ぬことを自覚して選択するようにすれば、その選択はある種の方向性、指針を持ったものになります。

 

かといって、いつも「死ぬかもしれない」と思っているために、不安にさいなまれてノイローゼになってしまってはいけない。

 

不安を1つの生きる推進力にしつつ、不安に飲み込まれないよう、上手にアク取りをすることが大事です。

 

不安は大きすぎると停滞を呼びます。

ここでいう停滞とは、血液が循環せずに凝固するようなイメージの状態のこと。

言い換えれば、不安に押しつぶされて固まってしまい、自分を取り巻く世界から排除、拒絶されたような気持ちになり、自分の世界に引きこもってしまうような状態です。

 

不安への対処法をある程度学ぶことによって、厄介な問題やマイナス面にも向き合えるようになります。

 

より良い人生を生きるためには死を意識することをおすすめします。

 

神子整体院ではこのようなことをお伝えしながら

心と身体をサポートし症状を改善に導いていきます。