他人に振り回されないためには

2019年5月17日 心と潜在意識

「他者や世間に振り回されることなく、自分の頭で考え、自分の意思で判断し、自分の責任で選択できるようになるためにはどうすればいいか」
親や周囲の人の期待に応えるべく、良い子や良い人として生きる人は、自分の気持ちや欲求を切り離し、それを感じまいとするようになります。

 

自分の気持ちや欲求を排除し、自分ではなく周囲の人の価値観に合わせて、生きようとするわけですから、これは自我を捨て去ろうとするような生き方であるともいえます。

 

しかし、生きている限りは自我はなくなりません。

自我は、私たちが物事を考えたり、判断したり、選択したりするときの主体ですから、これがまったくなくなってしまうと、私たちは現実生活を送っていくことができなくなります。

 

もしも、捨て去ることのできない自我を捨て去ろうとして生きるなら、心の中に不自然な歪みが生じてしまい、やがては心のバランスを大きく崩してしまう可能性もあります。

 

トラウマや過去の出来事によって症状が出ている方は非常に多いです。

私達の心の中で、実に厄介な働きをするのが、

「無意識のエゴ」(劣等感等)

 

実はエゴの動きを「抑える」ことはできないのです。

なぜなら、私達の「エゴ」というものは、表面意識で抑えつけると、しばらくは意識の底に沈んでいきますが、必ず、また別なところから浮かび上がってきて、私達の心の中で厄介な動きをするからです。

 

世の中では、しばしば、「エゴを捨て去れ」という言葉が語られますが、エゴを「捨てる」ことはできないのです。

なぜなら、人間の心の底にあるエゴとは、私達の生存の本能と表裏一体のものであり、それを捨てるということは、ある意味で、生命力を捨てることを意味しているからです。

 

では、この「無意識のエゴ」というものが、抑圧できないとすれば、そして、捨て去ることができないとすれば、どうすればよいか?

 

実は、この扱いの厄介な「エゴ」というものに処する、一つの賢明な方法があるのです。

それは何か?

 

静かに見つめることです。

 

自分の心の中の「エゴ」の動きを、「批判」することなく、「抑圧」することなく、「消そう」とすることなく、「捨て去ろう」とすることなく、ただ、「見つめる」ことです。

 

なぜなら、不思議なことに、エゴというものは、ただ静かに見つめるだけで、その厄介な動きが静まっていくからです。

 

 

自分だけの日記を書くことによって、「自分自身の心」を、深く見つめること。

誰にも見せることのない日記、自分だけが自分の心と対話する日記。

それを書くことによって、自分の生々しい感情や、赤裸々なエゴと向き合うことです。

 

なぜなら、私達は自分の心の中に極めて多様な自分がいるからです。

 

自分の中に、「複数の自分」を育て、様々な自分と対話する。

そして何よりも大切なことは、

「自分の心の中のエゴの動き」を客観的に見つめている自分が心の中にあることです。

 

自分の心に向き合うきっかけを

当院では、お伝えしています。