| 2024年10月18日 | プライベートのキヅキ |

↑
早朝の、まだ誰もいない竹下通りを歩いていました。
いつもなら人をかき分けるほどの喧騒に包まれている場所が、嘘のように静まり返っている。その風景はまるで、「もしもこの世界に自分一人しかいなくなったら」という奇妙な空想を抱かせます。
会いたい時に、逢いにゆけ
最近、Netflixのドラマ『13の理由』を観ました。
本国アメリカでの放送後、
若者の自殺率が30%も増加し、
主人公と同じような死に方を再現した方がいるくらい影響を与えた強烈な波紋を呼んだ作品です。そこに描かれているのは、人間の愚かさや残酷さ、そして言葉にならない心の機微。
綺麗事だけではない、人間の積み重ねた業の深さに、激しく心が揺さぶられました。
失ってから知る、不在の重さ
もしも、あなたの目の前から大切な人が突然いなくなってしまったら。
私たちは必ず、胸を掻きむしるような後悔に襲われるはずです。
「もっと、してあげられることがあったのではないか」
「あの時、ただ隣にいてあげればよかった」
この世界には、日々の苦しみや絶望から解放されるために、自ら幕を引くことを選んでしまう人もいます。
けれど、私たちは知っています。誰かがいてくれるからこそ分かち合える喜びがあり、他者が存在するからこそ感じられる温もりや幸福があるということを。
一人きりの静寂も時に必要ですが、私たちは決して、一人で生きるためにこの世界に生まれてきたわけではありません。
心の扉を開き、一歩を踏み出す
「私たちは、何のためにこの世界で共に生きているのか」
その答えはきっと、お互いの存在を通して、一人では決して辿り着けない心の領域を体験するためです。
誰かの何気ない一言に救われたり、ただ一緒に笑い合うだけで孤独が溶けていったりする。
本当は、もっと多くの人が傷つきから救われていいはずだし、その手を取り合う権利を持っています。
相手のすべてを理解することはできなくても、寄り添うことはできる。
「あの時こうしていれば」という未来の後悔をゼロにするために、今できることはシンプルです。
会いたいと思った瞬間に、躊躇せず会いに行くこと。
言葉にできるうちに、大切な想いを真っ直ぐに届けること。
誰もいない冷たい街を生きるのではなく、大切な人が息づくこの世界で、あなたの愛を惜しみなく表現していきましょう。














