中道に生きよう

2023年7月17日 心と潜在意識

↑静岡県つま恋で開催された「ap bank fes」へ行ってきました。音楽を通して一人ひとりの環境問題への意識を呼び起こし、心地よく巻き込んでいく素晴らしいフェスです。

中道に生きる、という愛の調律

私たちがこの人生で目指すこと。それはつまるところ、「中道(ちゅうどう)」に生きることではないでしょうか。

ap bankの主催者の一人であるMr.Childrenの桜井和寿さんが、こんな言葉を口にしていました。
「大事にしていることは『中道』。極端な思考になったり、極端な行動に移さないようにしています」

どちらの極論にも偏らない「中庸(ちゅうよう)」の視点を持ちながら、その時々のベストな選択を重ねていく。彼の生み出す音楽の優しさと力強さの根底には、この「中道」への意識が厳然として存在しているのだと感じます。

極端を知るからこそ、真ん中が見える

そもそも、中道や中庸という平穏な場所を見つけるためには、一度「極端」を経験する必要があります。どちらが良い・悪いという二元論ではなく、私たちは激しくどちらかに振れるというプロセスを経て初めて、真ん中の存在に気づくことができるからです。

私たちは人間ですから、時に感情に支配され、極端な思考に走り、安易な行動で失敗して後悔することもあります。それは、生きている限りごく自然なことです。

たとえば夫婦喧嘩という身近なスケールで考えても、お互いに相容れない意見があって当然ですし、喧嘩をすること自体が悪いわけではありません。
むしろ、どちらか一方が我慢を重ね、力で相手をコントロールしようとすれば、その不調和はいずれ「破壊と再生」という形で表出します。病気や怪我、離婚、あるいは破産。それらは一見不幸に見えますが、歪んだ関係性を本来あるべき純粋な形へと戻そうとする、大いなる自然の摂理なのです。

自らの意志で軌道修正していく智慧

強制的な破壊を経験する前に、自らの意識で調律へと向かうことができれば、人生の苦痛ははるかに少なくなります。

とはいえ、常に完璧な「中道」を生きることは、誰にとっても至難の業です。ですから、感情に振り回されて極端に偏ってしまったとしても、その時の自分に「オッケー」を出してあげてください。

大切なのは、偏ってしまった自分に「気づく」ことです。
気づいた瞬間に立ち止まり、極端な思考から一歩引いて、今の自分にとっての最適解を選び直す。その地道で細やかな修正のプロセスそのものこそが、自分自身と他者に対する、最も深い「愛」なのだと私は確信しています。

世界に溢れるノイズに惑わされず、自らの軸を微調整しながら、しなやかに中道を歩んでいきましょう。