あることに意識をつかう

自分の中にあるもの、いま既に「在る」という事実に意識を向けていくこと。

あなたは普段、どこにその大切な意識を使っているでしょうか。

「ないもの」ばかりに焦点を当てて生きていると、心は常に不安や恐れ、焦燥感に支配され、それを埋めるための不毛な思考に追われ続けることになります。

他人の動向を窺い、何かと自分を比べて、優劣をつけることに一体何の意味があるのでしょうか。そんな比較の世界で手に入るのは、一時的な優越感という乾いた快楽だけです。その世界にとどまり続ける限り、生きる苦しみから逃れることはできません。

夢を持つことは、確かに素晴らしい。

「将来お金持ちになって、こんなことをしたい」

その「こうなったらいいな」という純粋な願いは大切なエネルギーであり、たとえすぐに叶わなくても、焦らずにただ静かに見守ってあげればいいのです。

恐ろしいのは、「こうしなければならない」という執着に変わるときです。

「周りのあの人は結婚している、事業も成功している、人から慕われている。それに比べて自分は……」

歪んだ正論で自分を縛り付けることは、そうではない状態の自分を、常に冷酷に否定し続ける刃となります。

いま、空気が吸えること。

いま、温かい場所で安心して眠れること。

いま、共にいてくれる家族がいること。

いま、この世界に生かされていること。

これらはすべて、決して当たり前のことではありません。

私は毎朝の食事をいただくとき、あまりのありがたさに、涙が出るほどの感動を覚えます。

あなたは日々、これほどの豊かさに対して、心の底から感謝できているでしょうか。

何かを見失いそうになったとき、あるいは深い苦しみの最中にいるときこそ、やるべきことは一つしかありません。

「いま、目の前に在ることに、すべての意識をつかうこと」